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スーダン(続々)

1956年1月1日
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| ASC |
11°16′ |
| 太陽 |
16°33′ |
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月
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29°50′ |
| 火星 |
28°20′ |
| 水星 |
02°01′ |
| 木星 |
07°56′ |
| 金星 |
16°36′ |
| 土星 |
05°39′ |
| ラーフ |
22°49′ |
| ケートゥ |
22°49′′ |
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ダシャー
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開始
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水星
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1956.03.16
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ケートゥ
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1963.03.16
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金星
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1983.03.16
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太陽
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1989.03.16
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月
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1999.03.16
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火星
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2006.03.16
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モハメド・アーメドのなかにこれらの要素のすべてを見出すことができた。アーメドが存命中、エジプトと英国と戦って不敗の勝利を続けているとき、彼に付き従うものたちは、アーメドこそがマーディであると信じて疑わなかった。原始的な武器で敵と戦い、そして打ち負かすことは、スーフィ教における伝統的な戦争様式であり、それは神による啓示と精神性の向上を目的としているかのようであった。
スーダン人は、しかし酒を飲み、コーランの教えを守らずに他のイスラム人を虐げるトルコ人を外国人と見なしていた。加えて、一日5回の礼拝と6回の善行、従順さ、忍耐、小飲小食、聖者の墓を訪れることを重視していた。マーディ運動が下火になってからも、マーディの記憶はスーダン人の頭から消えることはなかった。おそらくこのせいで、ラディンをマーディの生まれ変わりかなにかとみなして受け入れることができたのではないだろうか。
スーダン人は原理主義者だが、他の原理主義者とは違う。スーダン人の原理主義はラディンが説いたサウジアラビアのワハビ(Wahabi)色が強い。
西洋諸国は、東洋人に見られるこのような宗教的な伝統、特にコーランとアラー、モハメッドを至上の目的とするイスラム人のメンタリティを理解することができない。ラディンはスーダンにおいて受け入れられたが、その理由は以上のように簡単に説明できる。
ここで使用しているホロスコープの正しさを証明する近代史実を以下に列挙しよう。
@ イブラハム将軍による軍事クーデターは、1958年のケートゥ/太陽/月の時期の起きた。
A 次のクーデターは、ニメイリ大佐が革命政府を樹立した1969年、金星/火星期に起きた。
B 1985年4月、太陽/木星期に次のクーデターが起きた。
C 1990年、月のダシャーがスタートして間もなく、内戦が勃発し、飢饉が何年にもわたって続いた。収束する気配のない内戦の模様は、世界的に大きく取り上げられた。英国が統治時代に、スーダンをキリスト教圏の南部とイスラム教圏の北部に分断したのが唯一の理由であった。
10室に在住する火星の時期に入り、スーダン国内のジハド(聖戦)戦士は、ブッシュ大統領が掲げる世界規模のテロ撲滅運動の筆頭ターゲットである。
スーダンは、10室支配星の火星のマハーダシャーと11室の支配星である土星のアンタラダシャーの時期に差し掛かっている。そして土星は5室とその支配星と絡んでいる。スーダンの年間チャートからも、同様の惑星配置が読み取れる。スーダン人は、非常に強硬だが、タリバンのようなヒロイズム的なレジスタンスを繰り広げる余裕はない。しかし、やはりスーダンは、イラクと同様に、この新世紀の最年あるいは次年時におけるブッシュ大統領の餌食となるであろう。
(おわり)
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