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人は、占星術を学ぶべくして学ぶ
忘れてはならない占星術の真理がここにあります。人は、占星術を学ぶ「べく」して生まれてくるのです。占星術を学びたいから学ぶのではないのです。それは運命なのです。
今の世の中、本屋にかぎらずどこでも多くの書籍が手に入ります。ですから、占星術の本を読んで勉強することもできるし、あるいは私たちが現在運営している占星術教室に出席して占星術を学ぶこともできます。しかし、だからといって占星術家になれるという保証は、どこにもありません。たしかに、なかには上手に未来を予知できるようになる人もいるでしょう。それによって収入を得ることができる人が現れるかもしれません。しかし、インド占星術の伝統にしたがえば、だからと言って本当の意味での占星術家であるとは言えないのです。
私のグルジは、私が天秤座アセンダントであることについてそれ以上コメントしませんでした。兄弟子(あにでし)のニルマルダ氏は、私がいない間にこれについて話を聞きたかったそうなのですが、それ以上グルジにこくことはなかったようでした。
数年後、別の場所で、ある友人がとてもハンサムなヨーギーがいるということで、私をそこに連れて行ってくれました。そのヨーギーの姉である未亡人がそこにいて、そのヨーギーはいま別の場所にでかけているので数日後にまた来るようにと言いました。数日後、もう一回行ってみましたが、そのヨーギーとの最初の出会いは、非常に印象深いものでした。
彼はシュリー・オーロビンドのインテグラル・ヨーガ、ギーター、占星術、ヒマラヤといった種々のテーマについて、とても流暢に英語で議論していました。彼はグジャラート州の出身で、ヒンディー語をあまりうまく話しませんでした。私はグジャラート語をよく知っているのですが、その時、彼はグジャラート語を使わないようにしていました。
その後、彼とは何度も会うことになったのですが、ある日、彼は私の出生データを聞いてきました。それからしばらくたって、彼は私のホロスコープをチトラパクシャのアヤナムシャに基づいて作成したことを教えてくれました。それは天秤座アセンダントで、私の知る限り、度数は分単位まで正確でした。しかし、私は自分のホロスコープについて話し合ったり、未来予知をすることについて全く興味を持っていませんでした。周りにいる人たちは、自分のホロスコープを見てもらえるとなると大喜びするような人たちばかりでしたから、私のそういった態度には驚いていました。
ある時私は、占星術で未来を占うのは好きではないと、ヨーギーに話したことがあります。占星術は、結婚、子供、仕事、金、家、死、病気など、現世的な話題ばかりを扱いますし、そういったことがらは、時として人々の性的な冒険心や外国旅行への焦れを駆り立てるような内容であり、そういったことを知ったり、あるいは予知できたとしても、人の一生というものは、そういったことがうんざりするほど何度も繰り返されているにすぎないと思っていたからでした。
私はそれよりも、インテグラル・ヨーガの話や、ギーターの話、あるいはそれ以外の霊的な分野についての話が聞きたかったのです。
(つづく)
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