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「ラオ先生のやさしいインド占星術−入門編」

 

 

 

 

 

 

「星を見つめる聖者たち」第8章
ラージコット 
Yogis, Destiny, and the Wheel of Time: The 8th Capter # 01

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(No.01)

ラージコットで出会ったババは、弟子をひとりしかとりませんでした。その理由を、ババはこう説明しました。「霊的鍛錬は過酷である。それに信を持てる者はまずいない。ほとんどの人は、生ぬるい礼拝によって最大限の結果を求める。そして、結果が得られないなら、それをグルのせいにする。そんなふうでは、結果が得られるわけがない」

ラージコット

1969年の終わり、私はラージコットに赴任しました。1週間もしないうちに、私はロカディヤ・ハヌマーン・ババの噂を聞き、彼に会いに行きました。夜になると、そこではトゥルシダス・ラム・チャリト・マナスとハヌマーン・チャリーサが唱えられていました。この儀式が終わると、ババはいつも動かなくなり、至福と歓喜に包まれ、よく聞き取れない声で何か口ごもるのでした。

私のグルジ(スワミ・パラマナンダ・サラスワティ)と違い、ババはたった一人にしかイニシエーションを与えませんでした。他の信者はすべて奉仕者に過ぎません。しかし、アシュラムには絶えず奉仕者がいて、「シータラム・シータラム・ジャイ・シータラム」を唱えつづけるキールタンが続けられていました。1969年の時点で、このアシュラムでは27年間、途切れることなくこれが続けられていました。

ある日、私はババに、なぜ一人しか弟子をとらないのかと聞きました。彼はこう答えました。

「霊的鍛錬は過酷である。それに信を持てる者はまずいない。ほとんどの人は、生ぬるい礼拝によって最大限の結果を求める。そして、結果が得られないなら、それをグルのせいにする。そんなふうでは、結果が得られるわけがないのに。」

これはまさに私がグルジのアシュラムで見てきたことであり、故シュリー・シータラム・オンカルナタジや、マー・アーナンドマイェーや、その他のグルについている弟子たちにも多く見られたことでした。アメリカで「サーダナ(修行)」と呼ばれているものは、茶番以外のなにものでもないのです。

ババはこのようにも言いました。

「過去生からのカルマによる苦しみを減らすためには、正しいカルマを積まなければいけない。しかし、ほとんどの人はそれを信ることができず、目の前に苦しみが現われるとたった一度礼拝するだけで苦難が消え去ると願う。」

私は今まで、弟子の数を限定するグルを見たことはありませんでした。しかしロカディヤ・ババは、訪れる者すべてに神への礼拝をさせつつも、自分の弟子にはそうすることはありませんでした。それどころか、信者と個人的に話し合うことさえしません。礼拝、礼拝、また礼拝。それしか信者のやることはないのです。

では、どうしてこういう形態になったのかを話しましょう。この話は、古くからアシュラムに来ている信者たちと、たった一人の弟子からの話をつなぎ合わせたものです。

若いころ、ババは聖地から聖地へと巡礼を続けていました。自分のグルジの指示に従い、特定の場所や人物に縛られることなく動き回り、一箇所に定住しようとさえ思っていませんでした。しかしある時、彼が礼拝しているハヌマーン神から、「わたしの神殿を建ててくれ」との示唆がありました。ババはそれをやりたくなかったのですが、ハヌマーン神が「私の指示どおりに動くように」とおっしゃったので、それに従わざるを得なかったのです。

世俗から完全に離れていた彼は、ようやくハヌマーン神の偶像を手に入れ、ラージコットの鉄道の駅の裏にある荒地に鎮座させました。しかし、通常のプジャを取り計らうために必要な法具が何なのかすら知りません。2日たっても誰からの布施も得られず、ババはハヌマーン神に言いました。

「ハヌマーン神よ、もしあなたがご自身のプジャのやりかたをご存知ないのであれば、私はこの偶像を池に投げ捨て、再び自由な身分に戻ろうと思います。」

しかし3日目から、毎日毎日誰かが来るようになりました。多くのグジャラート人が気前よく布施を施し、毎日のセヴァをきちんとこなしてくれました。こうなると、ババはラジコットに居つくしかありません。

「それが私の運命だったのだよ」とババは、私に言いました。

「私のグルジに言われたことだが、私は最終的には故郷のウッタル・プラデシュから遠く離れ、ドワルカの近くのサウラシュトラに定住し、そこで死を迎えることになっている。」「どこで修行を完成させ、最終的にどこに定住し、どこで死ぬか。こういうことでさえ、すべては運命づけられているんだよ。」

ババはそうおっしゃいました。そして、自分はあと10年しかこの世にはいない、と付け加えました。1970年のことです。

1980年12月、デリーに住む友人が、ドワルカに向かう途中にラージコットを訪れ、ババの所に行きました。その時、ババは一切のものを食べなくなっていたそうです。ババはずっと座法を組み続け、ひたすら瞑想されていました。彼は誰とも会おうとせず、話もしませんでした。完全沈黙の誓いを実践することによってのみ、肉体を離れる準備をしていることを周りに伝えているようでした。

この話を聞いた一週間後、別のデリーの友人が、旅行許可を得てラージコットに訪れた時、ババはもう、世を去られていました。

「あと10年」

ババの言葉が思い出されました。

私たちは、人の人生において運命の流れを知ることはできません。占星術家は知識を使ってそれをたどることはできますが、自分自身のことですら、ある程度の正確さでしか読み取れません。しかし聖者は、自分がどれだけ生き、どこで最後の日を迎えるか、自分自身で知り、それを語ることができるのです。私はそういう聖者に何人も会ったことがあります。

ナグプールのシャフィ・ババ、そしてグジャラトのランガ・アヴァドゥートも、自分自身の死について私に語って下さった聖者です。この二人については、あとでまた触れます。

(つづく)

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