| 私の「研究課題」
ナーガランドのコヒマに滞在した1ヶ月間のことです。ちょうどディマプールとコヒマとの間で反勢力側がナーガ人ではない人たちを射殺していていました。しかしそのような緊迫した状態とはうらはらに、わたしはとてもよい日々を過ごしていました。
わたしはアッサムのライフルズというところの軍用宿舎に住むことになりました。そこには、ベンガル人の医者も旅行で来ていました。軍人たちは、わたしのあまりにも厳格なピューリタニズムに当初辟易していました。しかし、わたしがブリッジに引っ張りだされて彼らの相手をしてからというもの、彼らはわたしを尊敬するようになりました。さて、この医者は、単に旅先でわたしと同じ軍人宿舎に住み合わせたというわけではなく、実はあとでわたしはたいへん驚くことになるのです。彼は、荷物の中から私のグルのグルであるゴースワミ・プラブの写真を取り出し、彼の母親がこのグルからのイニシエーションを受けていたことを話してくれました。そして、わたしのことを面倒みてくれると約束し、そして実際に彼はわたしにいろいろと世話を焼いてくれるようになりました。
それから数ヵ月後、彼は感情に駆られて仕事を辞めてしまいました。彼はそれを後悔して、すぐにシッロンにいるわたしのところに来て、仕事をやめたくないので退職届を破棄するのを手伝ってくれないかと頼んできました。わたしは言われたとおりに実行しました。わたしが職務上、違法な行動を取ったのは、後にも先にもこの時だけでした。彼は、ゴースワミ・プラブが必ず彼を助けてくるだろう、と言っていました。
こういうことはすべて「偶然」と言って片付けることもできるのですが、こういうことが1年間も立て続けにおこると、このような普通でない出来事でも、修行者の人生においては普通に起こり得ることであると考えるようになりました。
そして同時に、兄弟弟子や姉妹弟子を観察するという好奇心をもかきたてました。あまりにも詳しく観察しつづけたので、それは超心理学における素晴らしい研究とも言えるほどでした。わたしは実体験として、彼らを類まれな洞察力と類まれな識別によって観察することができたのです。
霊視体験について前章でのべましたが、あれは私の「研究課題」とホロスコープの相関関係を調べた、最もわかりやすい経験でした。シッロンに帰ってからは、私は夜になるとずっと、トランスを含めたこれらの現象について研究しました。もちろん、純粋なトランスとインチキのトランスについても研究しました。
(つづく)
|