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山羊座の時期(1939〜1946年)
山羊座の時期は、まさに変化の時期でした。ヴィムショッタリ・ダシャーでは太陽の時期にあたります。
太陽は彼のアートマ・カーラカ(AK)で、ヴァルゴッタマで、山羊座から見ると9室にアスペクトしています(註1)。
木星も、山羊座から見て9室にアスペクトしています。
この時期、彼はグルに出会います。シロンのラバンにアシュラムを持つタントラのグル、スワミ・スーリヤナンダジです。私はこのアシュラムを何度か見たことがありますが、入ったことはありません。というのは、私のグルは、グルのグルと明らかに2つの点で違っていたからです。
まず、私のグルは「マ」で表わせるタントラの修行(マス[肉食]や、マディラ[ワイン])をしませんでした。しかし、それ以外の修行についてはグルは激しく実践していました。たとえば「シャヴァ(死体)」の修行などです。彼は何年も、グワハティのカマキャ丘にある深いジャングルで生活していました(註2)。
パラマナンダ・サラスヴァティのホロスコープ

出生図

ジャイミニ・カラカ

ナヴァムシャ

ヴィムショッタリ・ダシャー

チャラ・ダシャー
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二つ目の理由は、非常に苦い経験があったからです。
グル・サラスヴァティが宇宙を体現した時、ラーマクリシュナ・パラマハンサの弟子であるプラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミ(註3)は、宇宙を体現した後も彼にイニシエーションを与え、クリシュナの新興宗教を広めるようにと言いました。偉大な聖者キラン・チャンド・ダルヴェエシュ(プラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミの直弟子)の弟子たちは、これをしょっちゅう疑問視していて、私にも「どうしてこれを受け入れられるのだろう?」と質問してきたことがあります。これに対して、私はこう答えました。
プラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミが霊的なイニシエーションを与えること自体が、奇跡的なことなのです。彼は、何度もラーマクリシュナ・パラマハンサと一緒に歓喜状態に入っては踊っていた人です。この二人は一緒に何時間も修行したりしていて、その親密さはスワミ・ヴィヴェーカーナンダ(ラーマクリシュナの一番弟子)も認めていました。ラーマクリシュナ・パラマハンサはこうおっしゃられたことさえあります。
「ベジョイは霊的な生活の最高峰に達しかけた。」
彼はパラマハンサからイニシエーションを受けたことはありませんでしたが、ナナク・パンティ・グルである、ガヤのスワミ・ブラフマナンダから宇宙の体現を通してイニシエーションを受けています(註4)。もしプラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミがそのような奇跡的な方法でイニシエーションを受けることができるのなら、つまり、偉大なグルの非肉体的存在を通して宇宙を瞬間的にイニシエートしてもらうことができるのなら、それから何年もたって、同じような方法でイニシエーションを与えることができるのではないでしょうか? もしゴースワミ・プラブが死後でさえその体を現わすことができなければ、彼が受けたと言われているイニシエーションそのものも単なるイメージの産物だったということになります。(註5)
しかし、私にとって最も重要なことは、グルジに与えていただいたマントラによる霊的体験です。人から聞いた話は、受け入れようと受け入れまいと関係ありません。自分自身の体験こそが、クリシュナ神礼拝への純粋で崇高なイニシエーションの最高の証明です。自分自身の体験があるのに、議論に無駄な時間を費やしてどうなるというのでしょう。こういうと、彼らは何も答えられなくなりました。後日、彼らはラオとはもう話をするなとグルから言われたそうです。誰も私とのするどい論争にかなわないからです。読者の皆さんの中には、超常能力を信じる人もいれば、信じない人もいるでしょう。なぜ私の主張が彼らには厳しすぎたかというと、彼らの理論を展開していくと、プラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミがナナク・パンティの聖者から受けた霊的イニシエーションに対する疑念につながるからです。
| 註1 |
ジャイミニのアスペクト。双子座は、乙女座、射手座、魚座にアスペクトします。 |
| 註2 |
グルは、「スワミ・スーリヤナンダジのアシュラムで肉のプラサドを布施されたらどうしよう」とある人に言っていたそうです。 |
| 註3 |
プラブ・ベジョイ・クリシュナ・ゴースワミはおそらく、この200年の間でもっとも偉大なヴァイシュナイヴィテの聖者(Vaishnaivite
saint)でしょう。彼のもじゃもじゃの髪は、彼が聖なる歓喜状態に入ると蛇のように逆立ちました。ヴリンダーヴァンのプラブパド・ババによると、ラダクンドやヴラジ・ブーミで、これを目撃した聖者が何人もいるそうです。 |
| 註4 |
史実がねじまげられているので、この点は修正しなければなりません。 |
| 註5 |
偉大な宗教家が宇宙を体現することは、よく知られていることです。 |
(つづく)
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