「星を見つめる聖者たち」 2章 マイ・マントラ・グル A Profile of Guru's Life Yogis, Destiny, and the Wheel of Time: 2nd Capter # 03
せっかくグルからマントラを伝授されても、それを大切にせずに、唱えるどころかマントラを忘れてしまい、再伝授されるのをもとめてラオを頼ってくる人たちの話です。 マントラとは、日本語で言えば「真言」にあたり、神の言葉と言われ、たいへん効果が高い言葉であるとされています。マントラには無数の種類があり、人によって適したマントラがあるとされいます。
(b)マントラの再伝授:
わたしがアシュラムで過ごしていたころ、こういう人たちを少なくとも3回は見たことがありました。10年以上前にグルから教えを伝授してもらったにもかかわらず、グルから離れ、伝授された後は厳しく禁じられているはずの非菜食にふけり、マントラすら忘れ、その後大きな問題にぶち当たり、グルの所に戻ってきて祝福を求め、忘れたマントラをもう一度伝授してもらおうと思っている輩(やから)のことです。彼らは、「再伝授をグルジに直接お伺いすることは怖いけど、ラオおじさんならどうにかしてくれるのではないか」ということで、私のところにやって来るのです(注2)。 あるとき、私がそういう話をグルにすると、「マントラを真面目に実践しない人は、助ける必要はない」という答えが返ってきました。そこで私はできるだけ礼儀正しく、こう質問しました。 「だとしたら、なぜグルは相手が伝授するに値するかどうか『見る』こともせずに、多くの人々にすぐに教えを伝授するのでしょうか?」 言い方を換えれば、私はそれがグルのミスであって、ふらついている弟子のミスではないのではないか、と思ったのです。ほとんどの人は再伝授が認められ、以前と同じマントラを伝授されていました。彼らは喜び、驚き、自分のおろかさを認め、グルがマントラ・ドラシュタ(マントラを見る者)であることは間違いないと口々に言いました。夢の中にグルが現われてマントラを伝授してくれたという人も少なくなく、しかも実際にマントラが伝授される際、夢で伝授されたのと全く同じマントラが伝授されているのでした。
(つづく)