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鹿に生まれたバラート
(The Deer Bharat)
前世の過ちを覚えていたバラートは、枯草のみを食し、聖地ばかりを歩き回って時を過ごし、死が訪れるのを待ちました。
ジャダ・バラート(Jada
Bharat)
ジャダとは、のろま、トンマという意味です。
彼は、次の生ではとても宗教的に徳のある、ブラフマン階級の家庭に生まかわりました。しかし、バラートは、ブラフマンが執りおこなうありきたりの儀式を一切おこないませんでした。前生のバラート王のときにすでに高い意識状態に到達していた彼は、その意識状態にいたるための儀式をこの生でおこなう必要がなかったのです。そして彼は、狂人のようにふるまうのでした(注25)。
長編ですばらしい物語をざっと説明すると、次のようになります。
ジャダ・バラートは、内側に、超越した、至福の意識状態を保ちつつ、しかし外見は、トンマでのろまなままで通しました。そして彼は、シンド国の尊大な藩主ラフガナ王には、見事な法則(スピリチュアル・レッスン)を説きました(注26)。
そしてその生で、ジャダ・バラートは最終的なステージに到達しました。
| 注25: |
多くの偉大なマハートマたちは、のろまでトンマなふりをします。 |
| 注26: |
当の本人は貪欲な悪魔であるにもかかわらず、宗教というテーマについて恥ずかしげもなく本を執筆する現代作家を風刺するのにピッタリな訓戒話です。 |
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ナガリ・ダス・ババ(Nagari
Das Baba)は、ドワラカのタバシ・ババ(Tapasi
Baba)と同様、私が最も近くで接することのできたヨーギーのひとりでした。
ナガリ・ダス・ババとKNラオ氏
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私が出会ったヨーギーの中で、最も偉大な方です。彼は、ラダ・クリシュナにある聖地で暮らしていました。
彼は、誰からもお金を受け取らず、お金に触ることさえしませんでした。もし布施をしたいとだれかが強くお願いしても、
「牛や孔雀や、他の鳥にあげたらいい」
と答えていました。
彼が座しているバンヤン樹のまわりには、いつも孔雀や他の鳥たちが群れていました。牛は毎日やってきて、彼がいくら追いはらっても彼のそばに来て、満足するまで彼の体をなめ続けていました。ナガリ・ダス・ババについては、別の本でもっと詳しく書かれています。
(つづく)
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