「星を見つめる聖者たち」 10章 私のジョーティッシュ・グルU (その12) Yogis, Destiny, and the Wheel of Time: 10th Capter # 12
グルが嫌がるグル・チャンダル・ヨーガは、「ナヴァーンシャにおいて、木星がラーフとコンジャンクトしていたり180度のアスペクトをしていて、それが火星や土星とコンジャンクトしていたりアスペクトしている場合」でした。 その次にグルが嫌がったのは、6室における吉星の集中でした。6室に吉星が集中していると、2室や11室の支配星のダシャー期に、良心の呵責を捨てて、お金稼ぎに精を出すとされています。 一般に6室に吉星があるのは良くないとされていますが、私は6室に在住する月はたいへんよいということを聞いています。6室は「無報酬の労働(=困難)」と読めますが、これは、それが気にさえならなければ「奉仕(=無報酬の労働)」を意味し、スピリチュアルの観点から見れば、たいへんよいということをある高名な占星術師から言われました。物質的には恵まれないが、心が成長を遂げるという観点から見れば、それは申し分ないと・・・。ここに、インド占星術のphysicalな側面をspiritualな側面の違いがあり、奥深さを感じさせます。
ヨーギジ(バスカラナンダ氏)は、英国人の指導の下、ボンベイ大学で英文学の学士(栄誉)をとりました。彼はグジャラートの伝統社会と、ボンベイのリベラルな社会環境のもとで育ちました。彼自身のマントラ・グルはケララ州のナラヤナ・スワミでした。ナラヤナ・スワミは、ヒマラヤで自分自身のアシュラムを建てた方で、ヨーギジが何十年もヒマラヤに魅せられいたのはこのためです。 彼は死ぬまで、1年のうちだいたい3〜6ヵ月間はヒマラヤですごしました。教育水準の低い聖者の中には、ヒンドゥー社会が半分崩壊している現代において現実的にできそうもないことを人に勧めたり禁じたりする者もいました。しかし、私はヨーギジを見ていて、そういったピューリタニズムの傾向を感じたことはありませんでした。 しかしながら、占星術のことになると、彼は非常に強いピューリタニズムを発現しました。特に、ナヴァーンシャにおいて、木星がラーフとコンジャンクトしていたり180度のアスペクトをしていて、それが火星や土星とコンジャンクトしていたりアスペクトしている場合、彼は強迫観念のようにこのグル・チャンダル・ヨーガを嫌がっていました。これについても、彼は類まれな微細さで様々なバリエーションを検証しており、私自身もこれは正しいことを確認しています。 グル・チャンダル・ヨーガの次に彼が嫌がっていたのは、彼がよく「ごみ山に埋もれた宝石」と呼んでいた、6室における吉星の惑星集中です。この場合、彼はいつもナヴァーンシャを非常に深く検討し、非常に驚くべき鑑定を行いました。私がヨーギジのところに連れて行ったある人物は、「あなたは、自分自身を作り変えない限り、転職によって仕事が良くなることもなければ、今の仕事で繁栄することもないだろう。」と言われました。後日、その人物がいない時、ヨーギジは私にこう教えてくれました。6室の吉星は、良心の呵責をすべて放り捨ててしまってお金を稼ぐ場合においてのみ良い。しかし、ナヴァーンシャとダシャーも見なければならない。こういった良心の呵責を捨て去ったふるまいは、2室と11室の支配星のダシャー期によく現れる。これは、ほとんどの場合、非常に悪い配置の凶星の時期の後に訪れ、それがカーマとダルマどブッディ(行為・宗教・心)を破壊するのです。 (つづく)